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高齢期の口の機能の維持・向上 ─高齢者の歯と口の中の状態2 ─高齢者の歯と口の中の状態6

著者:デンタルオフィス湊

おはようございます。ゴールデンウイークもあっという間に終わってしまいました。又、夏休みまで頑張って行きたいと思います。
今回は熱田の「高齢期の口の機能の維持・向上」を書かせて頂きます。

高齢期の口の機能

高齢期になると年齢と共に身体機能が老化し、口の機能も低下していきます。歯の喪失によって噛む力や咀嚼機能が低下します。又全身の筋力の低下に伴って口腔周囲筋の機能も低下して、「食べ方」にも「嚥下」にも変化が起こります。実際の食べ物の流れと飲み込むタイミングが合致しないと「むせ」たり「誤嚥」が起こりやすくなります。又唾液の減少や咀嚼が上手く出来なくなると、食塊形成(食べ物を軟らかい、飲み込み易い形にする事)が十分できなくなります。そして喉に詰まり易くなります。そこで以前は普通に食べられていた物でも、誤嚥や窒息を招く可能性があります。
平成21年に出された厚生労働省の「歯科保健と食育の在り方に関する検討会」の報告書の中で、高齢期を「食べ方で活力を維持するステージ」と位置付け、口腔機能の維持・向上を目指した食べ方支援が必要であると述べています。そして加齢による機能減退が原因となる誤嚥・窒息の防止を考慮した食べ方を推進しています。そして食にかかわる事故を防いで、安全で活力を維持する食育を推進するよう提言しています。この為には、歯の喪失を防止したり、口腔周囲筋の機能を維持して「食べる力」を保持することや、食環境を整えて「食欲」を保つことが重要となります。
更には「食」ばかりでなく、口の重要な機能である言語機能についても、口の形態や機能を維持することで、不自由なく話しが出来る事や、家族や仲間と楽しくおしゃべりできる場を設定して、機能が十分発揮できるようにする事が大切です。
口の機能を十分使って、美味しく食べて、楽しく話をして、泣いたり笑ったりと感情を表すことで、精神的な満足や寛ぎ(くつろぎ)が得られれば、高齢期の生活も豊かになるものと思われます。

1、8020運動と高齢者のQOL(Quarity of Life)

歯科では20年前から「8020運動」を展開しています。8020運動は80歳まで自分の歯を20本以上残そうという運動です。これは単に歯の数を残そう、というものではなく、何でも食べられる歯を残して、全身の健康や心豊かな生活につなげようというものです。自分の歯が20本以上残って人は「何でも噛んで食べる事が出来る」人です。年代を問わずこのような人の割合が高くなっています。歯が無く、硬い食べ物が食べられないと、同じ食卓に着いていても家族と同じ食事がとれません。又自分が食べたいと思った物を食べようとしても、上手く噛めないと食べる事をあきらめなければなりません。
20本以上の歯を残して、周囲の人達と同じものが食べられ、自分の食べたいもの(好きな物)を食べる事出来る事は、食の満足ばかりでなく、精神的な満足をも生み、高齢者のQOLの向上に貢献します。
(*QOLとは物理的な豊かさやサービスの量、個々の身辺自立だけでなく、 精神面を含めた生活全体の豊かさと自己実現を含めた概念。)
しかし、8020を達成する為には、子供の頃から歯と口の健康作り(健康管理)が必要です。親知らずを(智歯)を除く永久歯は中学生頃に生え揃うためです。
近年、歯科保健に関する知識の普及などにより、小児期のむし歯(齲蝕)は激減しています。同時に、成人期以降も歯の保存が図られるようになってきたため、8020達成者は増加しています。1993年には11,7%だった80歳で20本以上歯のある人の割合は、2005年には21,1%と倍増し、2012年には3人に1人となっています。高齢期の活力維持のためにも、適切な口腔ケアでむし歯や歯周病を予防して8020を目指す事が望まれます。
又何らかの原因で自分の歯を失ってしまった場合でも、義歯(入れ歯)などを装着することで、噛めるようにすることが大切です。咀嚼機能を回復することで、食べられる食材の幅を広げる事が出来れば、栄養の摂取と食の満足の両面でメリットがあります。義歯を使用することで発音機能を回復したり、しっかり噛むことで身体のバランスを保つことが出来れば、運動機能の回復にもつながります。噛む機能の維持は、口の健康ばかりでなく全身の健康を支えます。

2、誤嚥・窒息の防止

誤嚥や窒息の原因は様々ですが、これらは摂食機能が未発達な乳幼児と、摂食機能が低下した高齢期に生じやすいものです。窒息事故の原因となった食品は「餅」「米飯」「パン」など、私たちが日常食べている食品ばかりです。餅や団子は要注意食品ですが、米飯やパンは主食として最も多く食べられている食品ですから頻度が高くなるでしょう。
窒息の起こる原因は、食べ物の認知や食べ方の問題(取り込み、咀嚼、飲み込み、食事中の行動)など、いろいろ考えられます。自分の現在の口の機能で食べられる食品かどうかを判断することは、難しい面があります。(特に認知能力の低下した高齢者には難しいです。)通常は上手く噛めなければ飲み込みにくい為、口から出してしまいますが、認知能力が低下して食欲が勝った人では、無理に飲み込もうとして(丸飲みして)窒息を引き起こす恐れがあります。周囲の人達の見守りや支援が必要です。食べ方にしても、通常は口の前方部(舌の先と口蓋)で食べ物の大きさや硬さなどを確認して、咀嚼の必要性などを判断していますが、口を大きく開けて喉の奥の方に入れ込む食べ方だと、そのまま嚥下の反射が起こる為、窒息につながる事があります。又咀嚼能力の低下で上手く噛めずに、食べ物が粗刻みの状態で口の中に広がってしまうと、飲み込むときに気道に入りやすくなり、むせたり誤嚥が起こります。
これらの事故を防ぐためには、噛める歯を残す事や、口腔周囲の筋力低下を防ぐことと同時に、高齢者本人や周囲の人達が、食の安全を考えた食材の選択や調理法、そして食べ方に関する認識を高める事が重要です。同じ食材でも加熱時間を調整する事で軟らかくしたり、とろみを加えて飲み込み易い形にすれば、機能が低下していても、食べやすくなります。口の機能の維持・向上をはかりながらも、その人の機能に応じた食形態を工夫することで、安全な食を目指す事が望まれます。

3、口の機能向上のの為に

全身の機能と口の機能は、密接に関連しています。全身の筋力が低下すると、咀嚼や嚥下など、食べる時に働く筋肉の力も徐々に低下していきます。
口の機能の維持・向上をはかる為には、口唇や舌、頬部の筋肉など口腔周囲筋のトレーニングばかりでなく、先ずは全身のトレーニングが必要です。そして、噛み合わせのバランスを保って、口の周囲の筋肉が働きやすい状態を維持する事が重要です。足底をしっかり地面に着けて、足の指で地面をしっかり掴んで背筋を伸ばし、腕を振って歩くなどという運動も、頸部の筋力維持することに繋がります。
又、食事時の姿勢も大切です。足底を床に着け、上体を伸ばして座位のバランスをとることなどにより、口の機能がよりよく発揮されます。この様な全身的なアプローチをした上で、口の清潔維持や筋力アップを計るなどの対応が望まれます。
口腔内の清潔は、口の感覚を保つためにも重要です。歯垢(プラーク)歯石が多量についた口の中では、食べ物の触感も味も温度感覚も十分感じ取ることが出来ません。適切な口腔ケアで口の清潔を保つは、むし歯や歯周病の予防ばかりでなく、口への刺激を正しく受け止めて、それに応じた動きを出だすためにも大切なのです。又、唇や舌頬部、頬部の筋肉のストレッチ(健口体操とも呼ばれています。)など、口の機能向上のためのトレーニングも色々開発されています。特に食事の前に「健口体操」をしたり、唾液腺のマッサージなどで唾液の分泌を高めておく事は、ごえん誤嚥・窒息の防止
と、美味しく食べる為の両方の効果が期待できます。市町村が開いている口の機能向上のための教室などに、積極的に参加してみる事もお勧めです。
このように、口の機能を維持して、少しでもよく噛んで食べる事を意識する為には、食環境も重要です。一人だけで食べていると、食欲も湧きにくく、又一人分の食事作りも、つい面倒になって、食材なども限られてきますし、栄養が偏ったり、不足して体重減少を招く事にもなりかねません。「食
」への意欲や興味が失われると、機能向上への意欲も出て来ません。家族や地域の人達との交流の中で、出来るだけ皆で食べる機会を増やしたいものです。今回はこれで終わりとさせて頂きます。
次回は「高齢期になって現れやすい歯と口の病気」についてです。